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Disc4

  
  CD-BOXが届いた。
  高級チョコレートのようなパッケージだと聞いていたが、
  ほんとにその通りだった。
  このパッケージを見ながら、
  これはセンスがいいとか悪いとかの問題ではなく、
  わたしがエレファントカシマシに対して持っているイメージと
  制作側がエレファントカシマシに対して持っているイメージとが、
  根本的に違うのだ、と気づいた。
  となると、これはどうしようもないことだ。
  いやいや、このパッケージが嫌いだと言ってるのではない。
  いいか悪いか、そんなこと以前の話しなのである。

  さっそくDisc4を聞いてみた。
  4から聞くなんて中途半端な話しだが、
  このディスクには、
  2007年の両野音の音源が記録されている。
  このふたつの野音は、わたしにとって、
  大きな意味ある野音であった。
  くわしいことは、過去のライブレポートでも読んでいただくとして
  一言で言えば、
  どんなことがあっても
  わたしはエレファントカシマシについていく、と
  改めて決心出来た野音だったのだ。
  それまでは、決心などいらなかった。
  ただ、ひたすら、
  宮本さんの、命からがらの歌を聞いていれば
  それが全部だった。
  エレファンとカシマシに
  なにひとつ疑問は抱かなかった。
  そして、そんな日々が続いて行くと思っていた。
  ところが、移籍とともに状況は変わった。
  命からがら、自分を歌っていた歌は、
  みんなを励ます応援ソングへと変貌していった。
  わたしが戸惑っているうちに
  ひとり、またひとりと、
  かつて一緒に歌を聞いていた友人が、
  エレファントカシマシを去って行った。
  去って行く友人たちの気持ちも
  ほんとによくわかる。
  でも、わたしは去ることさえ出来ない。
  どうしたらいいんだろう。
  そのとまどいの最高潮は、
  2007年の新春ライブであった。
  新春ライブで感じた大きな不安を抱きながらの野音。
  宮本さんは、ほんとにうれしそうに
  輝くメロディを歌った。
  その姿を見て、わたしの心も弾んだ。
  この人がこんなにしあわせなら
  それでいいんだ、と。
  いろいろ形が変わったって
  エレファントカシマシのしあわせは、
  なにひとつ変わらない。
  わたしは、それを見つめていけばいいんだとわかった。
  そこから今に至るまで、
  そして、これから先も、
  もう揺れることはない。
  いつまでもどこまでも 見つめ続けて行くんだ。
  そんな決心をしたライブだった。
  
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2013-04-26 : 徒然なるまま :

おかしな話だけれども

  
  今日は、ちょっといいことがあった。
  いろいろあった長女が、
  ようやく一番気づいてほしかったことに気づいたようだ。
  この娘に対しては、
  もういい加減ほっぽり出したい気持ちにもなったが、
  あきらめずに対応してきてほんとによかった。
  この間、失望もしたし、絶望もしたし、
  めちゃくちゃ傷つけられもしたけれど (暴力ということではありません)、
  結局実を結んだのは、
  家族が力を合わせて対応できた結果だった。
  一人で戦っていた時には
  家族を恨んだことさえあったが、
  こういうことってやっぱり、
  家族の絆というものが大切なんやな、と感じた。
  まだまだ、ここはスタート地点。
  これからやらなければならないことは
  いっぱいあると思うが、
  今日の娘の言葉を信じて進んでいきたいと思う。
  
  娘のことでは
  何度もなにもかも捨ててしまいたい気持ちになったこともあったけれど
  そのたびに踏み留まれたのは、
  「ここでみんな捨ててしまったら
   エレファントカシマシのライブに行けなくなる。」 という気持ちだった。
  まったくおかしな話だけれども
  自分に納得いかないところがあっては
  ライブには行けない、と思っていた。
  ほんとにおかしな話だけれども。
  確かにそう思っていたし、
  今も思っている。
    
2013-04-24 : 未分類 :

京都ジャンピングジャック

  
  京都円山音楽堂で行われた、
  東日本震災チャリティコンサート、
  京都ジャンピングジャックに行ってきた。
  出演は、
  片山尚志、踊ろうマチルダ、竹原ピストル、原田茶飯事、
  ゆーきゃん、曽我部恵一、奇妙礼太郎、
  ワタナベイビー、リクオ、中川敬。
  これ、すごない?
  はっきり言うて すごない?
  これ、行かんわけにいかへんよね?
  と、いうわけで、11:30の開演から、
  びっちりと楽しんできた。
  円山音楽堂は、言わば、
  わたしにとっては青春の象徴の場所だ。
  毎年毎年、ここで行われる宵々山コンサートに
  命をかけたものだった。
  その宵々山コンサートも、おととし終了した。
  でも、このジャンピングジャックのチラシに
  「勝手に宵々山コンサートを継承したつもり」 というような文字があった。
  そんなふうに思ってくれてるなんて、
  とてもうれしい。
  ますます行かんわけにはいかんです。

  雨の予報が、曇りに変わったというものの、
  ものすごく寒い日だった。
  でも、とても楽しいコンサートだった。
  出演者は、どの人もみんな、
  個性的で渋くて、
  自分の表現したいことと、
  そして、その表現方法をきちんと持っている人たちばかりだった。
  ほんとに素晴らしかった。
  トリは、ソウル・フラワー・ユニオンの中川さんだった。
  「満月の夕」 の途中で、
  突然 中川さんのマイクがおちて 声が聞えなくなった。
  そしたらすぐに、お客さんさんたちが、
  代わりに 「満月の夕」 を歌い始めた。
  その歌声は、
  寒さではなく、感動で震えるほどに素晴らしかった。
  わたしが、初めて 「満月の夕」 を聞いたのも、
  ここ、円山音楽堂。
  その年の宵々山コンサートに出演した、
  ソウル・フラワー・モノノケ・サミットで聞いた。
  すぐに物販にCDを買いに走った。
  あれから、十数年、
  またもや、この歌に大きな感動をもらった。
  そんなことを思いつつ、
  考えてみれば、わたしの音楽の遍歴は
  すべてここから始まったのだなと思った。
  ザ・ナターシャー・セブンから始まって
  SFU、ワタナベフラワー、セックスマシーン、四星球。
  音楽数珠つなぎのようだ。
  ほんとにわたしの、音楽のすべてが
  ここから始まり、ここにあるような気がする。
  コンサートが終わり、空を見上げると、
  冴えた、まるで冬ような夜空に、月が輝いていた。
  その月を見ながら思った。
  せやけどなあ、
  エレファントカシマシは、音楽においては、
  誰とも、なにともつながらず すきになったなあ。
  そして、いまだに、
  誰とも、なにともつながることないなあ。
  ・・・と。

  不思議なバンドだ。
    
2013-04-21 : 徒然なるまま :

シャララてぬぐい

  手作りグッズにコメントをいただいたことで
  思い出した。
  ずいぶん前に、
  「シャララてぬぐい」 というのを作ったことがある。
  昔、「エレ歌詞探検隊」 (ちがったかな) というサイトがあって
  そのサイトに、「シャララ」 のコーラスの部分が書かれていた。
  宮本さんの声がかぶるところを
  「宮本1」 「宮本2」 に分けて、
  どうかぶっているのかを書き表したものだった。
  ファンになったばかりだったその頃のわたしは
  それを見て
  「エレファントカシマシのファンには
   すごい人がおるもんやなあ。」 と
  ほんとに感心した。
  それからずいぶんたって、
  ふと、あのコーラス部分をてぬぐいにしてみたら
  おもしろいだろうな、と思った。
  それで、そのページを印刷して、
  さらしを買ってきて、手ぬぐいの長さに切って、
  布に升目をエンピツで引いて、
  コーラスに合わせて下書きをし、
  とりあえずの試作品を作った。
  同じ言葉の繰り返しなので、
  手で書き込むより 
  ハンコで押していったらおもしろいだろうと思い、
  消しゴムハンコを作成。
  「シャララ」 「おう」 「ッ」 「・」 などのハンコを作り、
  下書きに合わせてぺたぺた押していった。
  そして、出来上がったのが、これである。

  シャララてぬぐい


  ほしい人には作ってあげますよ、とか言ってたのに、
  この作業が思っていた13倍くらい大変で
  肩や首や腕が ぱんぱんに張ってしまった。
  そんなわけで、
  とてもとてもその作業を繰り返す気にはなれなくて
  「作ってあげる」 という言葉を、
  そのままうやむやにしてしまったわけである。
  今、謝ります。
  ごめんなさい。

  実のところ、この画像の手ぬぐいは、
  いわゆるマスターてぬぐいなのである。
  この手ぬぐいを下に置いて
  それの上に新しい布を置き、
  下の手ぬぐいのハンコにそって
  ハンコを押していって
  完成品を作るつもりだった。
  だが、上の理由により、
  マスターを作ったところで プロジェクトは終了となった。
  そんなふがいない自分であるが、
  こうしてこの手ぬぐいを見てみると
  「しゃあない、しゃあない、こりゃ大変やわ。」
  と、その無責任な態度を自分で許してしまったりするのである。
  もし、ものすごく気がむいたら、
  完成品にチャレンジするかもしてない。
  だって、ハンコ、せっかく作ったんやもんね。
    
2013-04-18 : 徒然なるまま :

素数ものさし


  京大の生協で、
  素数ものさし、というものを売っている。
  目盛りが素数だけなんだそうだ。
  いたって使いにくい。
  でも、ものすごくほしい。
  このものさし、大人気らしい。
  今は品切れで、入荷待ちの状態と聞く。
  再入荷したら、
  わたしもぜひ買いに行きたいと思っている。
  素数というのは、もちろん、
  みなさま御存知だとは思うが、
  1と自分自身の数でしか割ることのできない数字を言う。
  2、3、5、7、11・・・・など。
  もしもエレファントカシマシの音楽を
  数字で表現するならば、
  たぶん素数なんじゃないかなと思う。
    
2013-04-16 : 徒然なるまま :

優しい川

  
  土日で、奈良に一泊旅行に行った。
  保育所時代の同期の友人たちで
  かれこれ30年からの付き合いである。
  文字通り、青春を分け合って生きてきた。
  その友人たちと年に一回、
  一泊のおしゃべり会を続けている。
  この2日間も、食べて、しゃべって、笑って、
  ほんとにくたくたになったのだが、
  帰り、わたしは友人たちと別れて
  京都で行われる花団のセミファイナルライブに行く予定にしていた。
  正直なところ、もうすっかり疲れ果てていて
  電車の座席から転げ落ちそうなくらいに熟睡してしまった。
  京都についてからも、
  疲れは残ったままだったので
  ライブが始まるまでの間、
  カラオケボックスで寝ようと思ったのだが、
  あいにく満室。
  しかたなく、四条大橋から鴨川の川原におりて
  等間隔で座っているカップルの間に
  おずおずと座り込み、
  靴を脱いで休憩することにした。
  ちょうど夕日が沈んでいくころ。
  ちょっとひんやりとした川風が
  とても気持ちいい。
  わたしは、川の流れる音がだいすきで
  その音を聞きながら
  水の流れを見つめているのは
  ほんとうに心が休まる思いがした。
  心が癒され、身体もだんだん元気をとりもどしてくると
  なんだか急に涙があふれてきた。
  いろんなことが、その中に溶けて流れていくような気がした。
  娘のこと、仕事のこと、自分のこと。
  そして、エレファントカシマシのこと。
  「早くまたライブに行きたいなあ。」 と
  一人つぶやくと
  もうこらえきれなくなって
  涙が次々にあふれてきた。
  いやね、こうなることがわかってるから、
  日頃は、この言葉、
  なるべく言わんように、考えんようにしてるんやけどね、
  まあ、いいか、
  今日は、
  だいすきな京都の、だいすききな鴨川の、
  だいすきな川原やねんから。
  そう思って、川の流れを見ながら
  涙のながれるままにまかせることにした。
  そうしているうちに待ち合わせの時間。
  もう、すっかり元気になっていた。
  そして、花団のライブもたっぷり楽しんだ。
  さあ、あしたからまたがんばろう。
  愛する人に捧げよう。
  
2013-04-14 : 徒然なるまま :

東京の整骨院

  
  80歳を過ぎる母親は、
  ここ数年膝の痛みに悩まされている。
  この前、わたしに話すには、
  東京にとてもいい整骨院があって
  そこの先生に治療してもらうと
  杖をついていた人が一人で歩いて帰れるようになるらしい、
  そんなに効くのだったら
  一度行ってみようかと思う、とのことだった。
  近所ならまだしも、
  もう充分、年も年やのに、
  東京まで行かなあかんかなあ、と思いつつも、
  そんなふうに前向きに考えられるのはいいことだと思い、
  「そうやな、そんなにええんやったら
   行ってみてもええんちゃう?」
  と、返事をした。
  そしたら、母親の次の言葉。
  「東京の北区にあるらしいで。」
  北区!!
  それはぜひ行ってもらおう!
  そして、付添いはわたしにまかせてもらおう!  
  ・・・・と、思った。
  
2013-04-13 : 徒然なるまま :

CD-BOX


 25周年記念のCD-BOXの発送が
 23日から始まるということだ。
 どういうわけだか、
 そのお知らせを聞いても
 全然気持ちが動かない。
 ああ、そうなん、て感じ。
 いったいどうしたんだろう。
 ライブが休止になって半年が過ぎた。
 いくらレアな音源が発売されようと
 ライブに代わるものには成りえないということなのか。
 いや、そんなこと、
 だれだって同じことだよな・・・。
 心の中で、「ライブに行きたいなあ」 と思う時、
 そこに浮かんでくるのは
 今の宮本さんではなくて
 「俺の道」 とか、
 「扉」 とか、
 そんなころの、あのステージである。
 なんだかんだ言いながら、
 わたしはやっぱりあの頃の宮本さんがすきなのかな、と思う。
 遠い遠い昔のことのように感じる。
 だから余計に悲しくなってしまうんだろうか。

 『うらうらに照れる春日に雲雀あがり情(こころ)悲しもひとりしおもへば』

 大伴家持、春愁の歌。
 春のなにが悲しいの? と思ったこともあるけれど
 そういうことも確かにあるんだな。
 エレファントカシマシにだって
 「浮世の夢」 ってアルバムがあるもんな。
 そうだ、今日は、「浮世の夢」 を聞くことにしよう。
 わたしには、間違いなく
 エレファントカシマシの歌があるから、
 きっとずっと大丈夫だと思う。
  
2013-04-12 : 徒然なるまま :

浮雲俳人

  
  小林一茶が 愛煙家だったという記事が
  朝日新聞に載っていた。
  なんでも、知人の家を訪問した際に
  『煙草入れを落としてしまったので探してみてほしい』 
  という内容の手紙が 見つかったそうだ。
  その記事のタイトルが、
  『ぷかり浮かぶ 愛煙家一茶』 だった。
  思わず、頭の中に 「浮雲男」 が浮かんで来た。
  
2013-04-11 : 徒然なるまま :

京都散策 北野あたり


 妙心寺の続きの散歩です。
 一条通り~北野あたり
 お時間があれば、見てください。
    
2013-04-06 : 徒然なるまま :

妙心寺退蔵院早朝拝観

  
  3/31に、京都の妙心寺退蔵院の早朝拝観に行ってきました。
  その時の様子です。
  しだれ桜は、可憐でだいすきです。
  
2013-04-05 : 徒然なるまま :

手作りグッズ

  
  わたしには絵心もセンスもないのだが、
  たまに手作りグッズを作ってみようかあな、と思うことがある。
  今日も、ふと思い立って、
  そういうことを始めてしまった。
  まずは、保存してある画像の背景を透明にしないと
  思ったものが作れない。
  というところで、
  画像加工ソフトとの格闘である。
  レイヤーとか、なんだか全然わからない。
  書いてある通りにやってみても
  失敗ばかりである。
  ほかのことだったら、
  「ああ、もうええ。わたしの力、ここまで。」 て
  あきらめてしまうことが多いのだが、
  どういうわけだか、
  エレファントカシマシ関係になると
  ものすごくねばってしまう。
  小一時間も、
  ああでもないこうでもないとやっているうちに
  思いがけず、
  思い通りの加工が出来上がった。
  おお。
  今回も粘り勝ち。
  デジタルに勝利したぜ。
  しかしながら、
  文字通り、「思いがけず」 できてしまったもので
  次回、おなじような加工をしようと思っても
  やりかたがわからない。
  偶然の産物、的なものだ。
  これは、ほんとにデジタルに勝利したと言えるのだろうか。
  ま、いいか。
  だいじなんは、
  思ってような画像が作れたってことやねんから。
  うん。
        
2013-04-04 : 徒然なるまま :

桜の木の下で

 
 桜が満開である。
 通勤路が、桜のトンネルになっている。
 桜が咲くと思い出す歌。
 実はわたしにとっての、桜の歌は、
 エレファントカシマシではない。
 「桜の花、舞い上がる道を」 は、
 今となってはだいすきな歌だが、
 やっぱりわたしには、
 エレファントカシマシは、桜のイメージではない。
 では、なにか、と言うと、
 ザ・ナターシャー・セブンの、
 「れーこちゃん」 という歌である。


  さ―――くらのきのし―たで
  おでこにキッスし―たら
  なみだのつぶひ―とつ
  に―じになってき―えた――


 桜の花を見ると
 この歌をつい口づさんでしまう。
 若い頃の記憶は、仕方ない。
 でも、桜の花が散って
 緑の若葉がいっぱいになると
 浮かんでくる歌は、決まっている。


  明日もがんばろう
  愛する人に捧げよう
  君に会えた四月の風


 新しい年度が始まった。
   
2013-04-01 : 徒然なるまま :
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